削ぎ落としたものが、輪郭を作っていた
やらなかったことの一覧が、その人を説明する
How to create an Outline #4
自分の過去の仕事を並べてみると気づくことがあります。
足してきたものより、やらなかったことの方が自分をよく説明しているんです。
足すことへの信仰
スキルを足す。
引き出しを増やす。
できることを広げる。
成長は、ほぼ全て足し算で語られています。
引き算は「諦め」や「撤退」と隣り合わせに置かれることが多い。
手放すことは弱さの言葉として扱われやすい。
でも熟練した人間の仕事を見ると、必ず引き算の跡があります。
何かを「やらないと決めた」痕跡が仕事の密度を上げているんですね。
足し続けた仕事と削ぎ続けた仕事では、同じ年数でも質感が違います。
その違いがどこから来るのかを、この記事では観察します。
最初の辞退で気づけなかったこと
ある時、定期的なデザイン修正の仕事を手放しました。
継続することはできた。
クライアントとの関係も悪くなかった。
でも、その仕事はいつの間にか「目的のない着せ替え」になっていた。
修正が修正を呼ぶ。
でも何かが良くなっているわけではない。
そのことに気づいたとき、私は考えてしまった。
これは私でなくてもできる
そこで手放した。
それで正しかったと思う。
これで十分だと、そのときは思っていた。
次の辞退は種類が違いました。
先方が改善したいと言っていることと、求めてくる修正内容が一致していなかった。
ズレを言語化して伝えた。
でも納得されなかった。
ズレを受け入れ、そのまま続けることはできた。
手を動かすだけならできたはず。
断ったのは、できなかったからではない
この方向で作ったものを自分の仕事として残したくなかった。
それだけの理由だった。
2つの辞退を並べると、見えてくることがあります。
最初の辞退は効率の判断。
自分を代替できる可能性を自分で見極めた必要な整理。
でも2つ目は違う層にあります。
説得できなかったのではない。
説得よりも軸を守ることを選んだ。
この判断に金銭的な損得は関係ありません。
自分の仕事に何を残すか?
それだけの話です。
「方向性が違う」の正体
「方向性が違う」という感覚は説明しにくいです。
数字で示せるわけではありません。
論理で相手を納得させられるとも限りません。
でも、その感覚は確かにあるんです。
このまま進んだ先に出来上がるものが、自分の仕事として残ることへの違和感。
うまくいかないかもしれないという予感ではなく、うまくいったとしてもそれは自分の仕事ではないという確信に近い感覚。
この感覚を無視して続けた仕事は、どこかで「自分のものではない、居心地悪い感じ」が漂い始めます。
感覚に従って断った仕事は、時間が経つほど「あれでよかった」という平穏が残るんです。
削いだ跡に輪郭が現れる
版画は彫った部分が絵になるのではありません。
彫り残した部分が絵の輪郭を作ります。
彫り続けた痕跡は紙には写らない。
彫り残した部分がなければ絵は存在しない。
やらなかった仕事、断った方向性、手放した継続。
それらはポートフォリオにも載らない。
実績としても語れない。
でも、その跡は確かに積み重なっています。
この人は何をやらないのか?
という一貫性が、じわじわと輪郭になる。
足し算だけで作られた仕事に、輪郭がない理由はここにあります。
削ぎ落としたものは形として残りません。
でも削いだ判断は残るんです。
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削ぎ落す事には一定の経験値が必要ですよね。
私のいる衣装デザインやファッションの業界でも、削ぎ落し、削ぎと落す部分がなくなった時点で完成という感覚があります。
いろいろと仕事を頼まれると、「自分でなくてもいいんじゃないか」と思うことがあります。徐々に断ろうかと思っていたのですが、最近は、「自分だからできること」に変換して対応するようにしています。コアだけを削りとって、ちょっとだけエッセンスを足して、おさるぼん色に染める。そんな楽しみ方をしています。